Don't stop my love

きみのことを知ったのは、現場でもなく、Twitterだった。

 

滝沢歌舞伎に関ジュが出ると決まって、関ジュ担の皆さまがうちの子達をお願いします。というようなステマシートを書いていて、それを見たのが初めてだったと思う。顔写真と簡単なプロフィールのもので、その中で、一瞬で目に入った。関ジュは正直本当にわからなくて、KinKanがちょっと好きだったときがあって、こぉじくんのことは密かに気になって応援してた、そのくらい。

(絶対にこの子のこと好きだな)

と、自分の心が言ってたのを今でも覚えてる。プリンが好き、ダンスが上手。そういうプロフィールだったと思う。そしてさらに決め手というか、まだ御園座に入る前から、絶対好きだ、って確信したのは佐久間担でずっと大橋くんを推していらっしゃる方の、いつかが好きな佐久間担は絶対大橋くん好きだから、といういつかのさくまくんみたいな衣装で、表情の大橋くんの画像が添付されたツイートを見たことがきっかけだった。

 

そういえば、現場落ちで有名なさくまくんの時も現場ではなくきっかけはネットだったな、って思い出す。えびきすが好きで、とつと宮田くんのオタクをしていたころ、宮田くんはよく「アニオタ仲間の、スノーマンの佐久間」と口にしていた。スノーマンのさくま。秋葉原での名前はザックスだったな。笑 宮田くんが佐久間佐久間っていうから、存在は知っていた。2013年のえび座がはじまる前くらいだったかな。ずっと一方的に見ていた宮田担の方が、佐久間くんに降りた。存在だけ知っていたさくまくんに注目しはじめたのはこれがきっかけだった。

そこから、わたしは宮田くんやとつの後ろで踊る、小さくてかわいくて視線泥棒なさくまくんに心を奪われて、さくま担になる。はじめてのことばかりだった。はじめてのJr.担、はじめてのダンスが好きという感覚。見るたびに好きになる感覚。大勢の中からひとりしか見えないのが当たり前のように、わたしには君しか見えない世界。

今まで、割といわゆるDDというようなオタクだったと思う。担当、というのもとりあえず一番好きな人を担当と呼ぶ、そういうオタクだった。いっときのブームですきすき、って言ったり思ったりしてる人もいた。正直、えびきすもそうだったかも。もちろん、見ていた期間の気持ちは嘘でもないし適当な気持ちでもないのだけど。

わたしのジャニオタ生活の中で、はじまりはにのみやくんだった。担降り、という言葉を使ってみたくて(他にもネットにかけない事情もあるのだけど)、にのみや担を降りた。ずっとDDを続けていたから、担当って言葉にしてたかもしれないけどその時好きな子を担当と呼んでいた。 だから、心を揺さぶられて、好きだ好きだって気持ちになって、視線を奪われて、だけどわたしはとつ担なのに…っていう葛藤とか、でもやっぱりさくまくんを追いかけてしまう、この感覚は初めてのものだった。

 

わたしはさくま担になってからずっとずっときになるなあって思う子もいなくて、ずっとさくま担をしてきた。(途中でにのみやくんに出戻りしたりもしてるんだけど、あくまでも新しい子には全く惹かれなかった。)さくまくんへの気持ちがたとえ冷めても、現場に行けば狂ったようにまた好きだった。もう、この人が舞台の上で踊り続ける限りずっとずっとすきなんだろうなって思ったし最後の担当だって何度も思った。

世界には悲しいことに、永遠も絶対もないらしい。だけど、わたしの世界には永遠も絶対もあるような気がしていた。やっぱり、永遠も、絶対もないらしい。わたしはさくまくんを好きになったときの感覚を、6年ぶりに思いだすことになる。

 

それが大橋くんでした。

 

大橋くんに降りる、と言葉にした時、きっと長く付き合っている人たちはめちゃくちゃ驚いたと思うし、え、?ってなってる人もいるだろうし、何より、タイミングもタイミングだから、バーチャルで降りたのかなって思ってるひともいるかも。わたしが大橋くんに降りた理由は、一言じゃ言い切れないくらいいろんな気持ちと、背景と、事情があるのだ。(バーチャルに関しては別の記事で書くか、どうしようかな。これまた複雑な事情を抱えています。笑)だけど、そんなことはわたしだけの都合であって周りの友人やフォロワーさんには全く関係のないこと。だけど、なんで降りたの?ってとき、うまく答えが出ないのももどかしい。

べつにそんなことあまり聞かれる機会もないのだけど。わたしは担当という言葉を非常に重たいものだと考えていて、担当はひとりがいいし、好きな子はいっぱいいたほうが楽しいのもわかってる。つらくしてるのは自分なのも分かってる。だけど、やっぱりいちばんはひとりがいい。わたしは、好きで好きでたまらなくてこの子しか考えられない!っていう自分に酔っているのだ。でも、そんな自分がすき。

 

いろいろを無視して言ってしまえば、おおはしくんを担当と呼びたいと思ったこと、担当はもう変わらないって思っていた、もうこんな気持ちにさせてくれるひとはいないと思っていた、自分の心が揺さぶられたこと。おおはしくんのことをいちばんに考えていたいと思ったこと。おおはしくんのうちわを持ちたいと思ったこと。さくまくんに降りるときと、きっかけや状況、状況の変化と共に変わっていく季節までおなじだったこと。さくまくんが20歳のとき、わたしはさくまくんのことを知って惚れていった。そして、さくまくんが21歳のときに降りた。歳までいっしょだった。20歳のおおはしくんを知って、おおはしくんにどんどん惹かれていって、21歳のおおはしくんに降りました。

 

わたしは奇跡や運命をどうしても感じたくなってしまう、運命厨だから、おおはしくんをすきになるのも、さくまくんをすきになったときと似ているのも、ぜんぶ運命なのだと思ってる。たとえば、DD期間の自分だったらおおはしくんに夢中になって、でも熱が落ち着けばまた違う子の話をするような、そういうオタクだったと思う。わたしにとってさくまくんはそんな自分を変えてくれたひと。人生の半分以上ジャニオタしてるけど、自分にとって新しい基準をつくってくれたひとだと思っている。

 

おおはしくんのダンスがたまらなく好きだと思うのも、わたしはきっとさくまくんに出会っていなかったら、さくまくんのダンスを好きだと思っていなかったら。おおはしくんのダンスをきっと好きだと思っていないのだと思う。いや、好きとは思っているかも。だけど、そこまで重要としていない気がする。おおはしくんは、わたしのにのみやくんに対する「好き」と、さくまくんへの「好き」を持っているひとだと思っている。きっと、にのみやくんに対する「好き」と同じ「好き」でおおはし担をしていただろうな。出会う順番がそうだったからなだけで、逆だったら、全く逆だっただろうか。でも、やっぱりわたしはダンスが上手い子が好きなわけじゃないから、心を奪われるダンスが好きなのだ。上手いとか下手とかじゃない。美しい指先も、踊るときの顔や首の動かし方。ふたりは、いわゆる「魅せ方」が似ているなあと思う。

それから、現状の自分に満足しないこと。わたしはROTのあべさくの女形のシーンで、得意な佐久間とは違い〜みたいなナレーションがあべくんの説明についたのだけど、それに対して一言言いたくなってしまって(と、いうかツイッターでは言った。笑)

さくまくんの踊りや表現力は確かに生まれ持った才能かもしれない。だけど、さくまくんはいつでも反復練習をする人で、努力の人だ。努力してない人なんかこの世界にいないことはわかっているけど、さくまくんはそれでも、わたしが他の人の事情もよくわからないからこんなこと言っていいのかもわかんないけど、それでも雑誌や本人の言葉、なによりステージ上の本人を見ていて、生まれ持ったものだけではないことはわかる。優れたものをもっていても、その活かし方を自分でわからなければ優れたものと気づくこともないし、さらに自分の力を加えることでさらにさらに輝くわけで。

おおはしくんもそういうところがあるな、とおもっている。ふたりは根っこの部分が似ているなっておもっています。

 

おおはしくんのかわいい顔が好きです。ほんとうにほんとうに顔が好きです。もうね、顔が本当に好きなの。毎日顔が好きですって言いたいくらい顔が好きです。わたしはオタクあるあるの好きな顔というのがわからなくて。わたしは顔だけが好き、という理由で好きな顔がなくて、基本的には好きな子の顔が好きだし。笑 人類でいちばん好きな顔はにのみやくんだったのだけど、今はダブル和也がツートップ。本当に顔が好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きです。

 

ひさしぶりにブログを書くのに、いっぱいいろんなことが起こって、書きたいこともいっぱいあるのに時間ばかりが過ぎてしまいました。まさかまさか。だけど、運命だともおもっている。でも、どうしても歌舞伎のことは書きたくて、だけどこのこと書いてからじゃないとな、ともおもってたから、また改めて書きます。

 

 おおはしくんのことが好きです。今はまだ、好きという気持ちだけではどうにもできないような気持ちや思うこともあったりするけど、きみを好きな自分は幸せだし、この先はもっともっと幸せなのだろうな、と思う。思ってる。とにかく、好き、を大切に、今日も好きを届けるよ。