キミとのキセキ

 

わたしにとって、さくまくんはいつでも輝いていた。

ぜったい降りることなんてないと思ってたし、さくまくんがステージの上で踊り続ける限り、たとえ離れるときがあったとしても、離れることなんてできない人だと思ってた。(る。)

けど、わたしは今、大橋担をしている。大橋くんがわたしの世界のいちばんになってしまった。

 

今日(8/13)、佐久間担を降りるという佐久間担のひとのブログを読んで、タイミングは違うのだけど、そのひとが挙げる降りた理由のひとつにめちゃくちゃ共感した、というか、あ、やっぱり自分以外にもいるんだ。と思ったというか。なんだか、わたしはさくま担を降りたこと、正解だったんだな、って、思ってしまった。

こういうとめちゃくちゃ冷たくて寂しい言葉に聞こえるけど、そうではなくてわたしはたぶんさくま担を続けていてもさくまくんにとっていいオタクでいられないだろうなって思ったから。原因はさくまくんじゃなくて、こちらの一方的な気持ちの問題。 その方は、ステージで踊っているさくまくんがいればそれでよかったのが、ステージ以外でのさくまくんのお仕事をみるのがしんどくなってしまった。ということだったのだけど。ああ、わかる。わかるなあって。 わたしはバックで踊るさくまくんに惹かれて、かっこいい姿と、素のかわいい部分のギャップにやられて、好き好き好き!!!って、見るたびに好きだったし、ずっとずっと好きで、もはや好き、かっこいい、かわいい、美しい以外の感情がほんとになくて、いつもいつも幸せだった。 十兵衛さまのお芝居を観て、このひとのお芝居がもっと観たいって思った。さくまくんも、お芝居の仕事をしたいって言っていた。けど、いつからか、お芝居ではなく「声優」がしたい。と言葉にするようになった。

SnowManがだんだんと前に進んでいくにつれ、「アニオタキャラ」を押し出すようになった。わたしは正直それがほんとうにほんとうに嫌で、アニオタなさくまくんが別に好きなわけじゃないし、アニオタって紹介されるたびにさくまくんには魅力がめちゃくちゃあるのになんでアニオタを売るんだろっていつも思ってた。

けど、どうにか、どうにか現場で見るさくまくんがやっぱりかっこいいから、抑えられていたのだけど。ふつふつと、自分の中で抑えていたものが気がつけば大きなものになってしまってたのかもしれない。気がつけば「かわいいからいいか」は通用しなくなっていた。

加えて、露出が増えることで今まで見えてこなかった面が見えたり、なんていうんだろうな、「ステージの上のさくまくん」が好きな自分にとってはしんどいなって思うことが増えて、さくまくんとの解釈違いがつらいし、(たとえば、湾岸で蝶をやって、横アリでヲタ芸したこととか。もうこれ死ぬまで言う。笑

さくま担としてはさくまくんのソロなのだからさくまくんのとびきりの魅力を見せつける時間なのになって。まあ、さくまくんのソロだから好きにやらせて!がさくまくんの意見なのだとは思うんだけどね。でも、ダンスは好みだし、見てね、って言って見てもらえるものじゃない。ましてやすの担って基本自担ロックオンだし、いまだにさくまはアニオタってイメージのだけの人もいるし、だからこそステージに1人しかいないソロの時間ってめちゃくちゃ大切だとおもってるし、さくまくんのダンスが好きだから初めての横浜アリーナというステージで、客席の視線を独り占めするさくまくんが見たかった。でも、これはオタクのエゴであり、さくまくんは悪くない。

求めていたさくまくんが見れなくなった、というのかな。だけどやっぱりこれは100パーこっちの勝手な都合で、勝手に求めてるだけだからさくまくんは悪くない。求めているさくまくんだなんて、なんかほんとオタクって勝手だなって思うんだけど。だけど、オタクってそういうものだとおもっている。勝手。勝手に想像したり、期待したり、求めたり。ほんとうに勝手だ。だけど、それをさくまくんを悪くいうのではなく、ちゃんとこちら側に非があるとわかっているから、せめて言葉にすることだけは許してほしい。

今のさくまくんはすっかりSnowManの”バラエティ班”。あんなにアドリブが苦手なさくまくんが、すぐ顔を桃色にしていたさくまくんが。正直さくまくんがなにかしゃべったりするとき、基本早送りしてたんだけど、(これは、こっちが見てて感情移入して死にそうになるから笑)今では割と安心して見れるようになって、佐久間くん面白い!佐久間最高!とか、佐久間がいると絶対面白いから安心する、みたいなのを見るたびに、え?え、?それって佐久間大介くんのことですか?ほんとにそれおもってる?同じ人を見てる?って疑いそうになりつつ笑 まあでも、それはさくまくんの努力と、勇気があってこそだしめちゃくちゃ嬉しいこと。その努力の部分だったり、ほんとうはこうなのにな〜みたいのは、さくま担がわかってればいい。と思うし、まあほんとの部分なんてものは本人しかわからないけど。でも さくまくん=笑顔、元気みたいなイメージ、わたしからしたら不思議でたまらなくて、確かにうるさいけど笑、わたしはさくまくんのこと、明るくて元気!と思っているわけではなく、さくまくんに助けられたことはいっぱいあるけれど、そういう部分的なところではないというか、そこではないというか。わたしにとってのさくまくんって、いつでもかっこよくてかわいくて美しい人、ってイメージだから。さくまくんのこと根っこが暗くて大人しい子というの絶対忘れたくないし。笑 でもバラエティ班のさくまくん、1人でバラエティに出る姿はほんとうに感動ものだし、さくまくんすごいなあって、純粋に思う。ただ、やっぱり、うーーーんっておもってしまう。勝手なオタクだから。バラエティもいいけど、さくま担って多分、そのさくまくんを求めるひとより、お芝居やダンスを求めるひとの方が多い…とおもうし、まあわたしは。わたしは。わたしはバラエティ担当になっていくさくまくんをみていて、さみしい気持ちになるし、良い方向に考えられない自分が嫌だなあっておもってしまう。もう降りてるけど、だいすきだからこそ、うおーーってなったりしていた。

降りたくせに、たらたらとこんなことを書いてしまっているんだけれど、それでもやっぱりさくまくんは特別なひとだった。

さくまくんで見たい未来はたくさん想像してきた、けれど、そのなかにSnowManでデビューという想像は一度もしたことがなかった。

SnowManがデビューするなんて、想像したオタクはどれだけだったんだろう。まだわからない。もうすっかり外野になってしまった。外野になる道を選んだのは自分なのに。ファンクラブができたこと、なんだか未だに自分は信じられなくて、ずうっと不思議なきもちで眺めていた。

 

さくま担の自分は本当にいつでも幸せでした。いつでもたのしかった。さくまくんを見ているだけでこんなにも幸せでいいのかなあってくらい幸せだった。

大嫌いな春がさくまくんに出会ってから大好き…ではなくやっぱり春は嫌いだけれど(笑)、さくまくんのおかげでいつも鬱々しく過ごす春に美しい時間を過ごすことができた。春が永遠に続けばいいのに、ずうっと春が続けばいいのに、とさえ思った。

さくま担をしていてマイナスの感情になったことなんてほとんどなかった。いつでも楽しくて、さくまくんを好きな自分はいつでも幸せでした。(遅刻の件は例外。笑)さくまくんを好きになったとき、わたしはセーラー服を着ていたのに、学校帰り髪を巻き直して現場に行っていたのに、来年からはもう社会人になってしまう。さくまくんが年を重ねるだけ、自分も年を重ねているんだなあという当たり前のことがなんだかものすごく悲しくなる。さくまくんが先輩や監督、偉い人から褒められるたびに自分のことみたいに嬉しかった。この話をすると、またやっぱりさくまくんはものすごい魅力があるのにどうして…ってというターンに入ってしまいそうになる。危ない。笑 さくまくんの好きなダンス、見てきた舞台の話、いつでも昨日のことのように思い出せる。記憶は永遠じゃない。けれど、確かに残っている多くのさくまくんがいる。きっと、春がくるたびにわたしはさくまくんを思い出すし、おばあちゃんになったってさくま担だったときの自分を思い出せる自信がある。それだけ濃い時間を過ごしてきた。

 

さくまくんに恋をするような、そういう気持ちでいつでもさくまくんを見ていた。付き合いたいとかいわゆるリアコ、とかそういうのとはちがうけど、ステージのさくまくんを見るたびにうっとりとしてふわふわになるあの気持ちはたぶん、恋だった。ステージのさくまくんに恋をするようにわたしはさくまくんに惚れていた。見つめるたびに恋をしていました。さくまくんの踊りが世界でいちばん好きでした。さくまくんがほんとうに大好きでした。過去形だと今は好きじゃないのか、となるけどそういうことではなく、だけど今のさくまくんを全て受け入れられているかと聞かれたら答えはノーだから、過去形。

 

さくまくん、SnowMan、デビューおめでとう。

さくまくんの世界がいつでも優しさに溢れた世界でありますように。さくまくんにたくさんの幸せが降り注ぎますように。いつか、わたしの大好きなさくまくんが世界に広まるときがきますように。さくまくんは今のいちばんではないけれど、さくまくんがわたしのジャニオタ人生においていちばん特別であることはきっとこれから先も変わらない。さくまくんに出会えてよかった。

 

夏から眠らせていたものを完成させた。スノーマン、単独FCおめでとう。